名古屋市内の某所で、180円のラーメンを売っている店がオープンしたという噂を聞いた。

　いまはキャンペーン中で、ラーメン・ギョーザ・ライスのセットでも420円（ふだんは480円）だそうだ。しかもライスはおかわり自由。たしかに安い。マックを超えている。

　人はこの価格を見て、何を思うか。

　デフレもここまで来たか、そう思うか。

　何が入っているかわかったもんじゃない、そう思うか。

　人件費をカットしまくっているんだろう、そう思うか。

　私の勤めている会社で、この安さの秘密がちょっとした話題になっていた。百聞は一見にしかず。ということで、先日、その180円ラーメンショップに行ってきた。

　私は420円のラーメンセット（ギョーザ・ライス・ラーメン）を注文した。それにしてもラーメン単品で180円はいくら何でも安すぎる。

　安すぎるがゆえに、味の良さにこだわる客などいるわけがない。180円のラーメンに「このラーメン、マズいじゃねぇかっ！！！」といって店員に激怒する客がいたらそれはそれで面白いのだが、どうやら私が食べていたときにはそういう客はいなかった。

　肝心な味はというと、「普通」だ。少なくも、不味くはない。しかし決して美味しくはない。

　ここで問題なのは180円という価格である。180円という価格と比すれば、このラーメンはたしかに美味しい。

　例えば、もし180円という価格が隠されていると仮定して、あの味でいくらまでなら払えるか。

　ラーメンにも相場というものがある。安いラーメンを売り物にしたチェーン店（例えば東●など）などのような店では、ラーメン１杯が400円以下であるところも少なくない。味としては、そういうところと大差ないように私には思われた。もし●秀などであのラーメンが出されたとしたら、400円払ってしまうかも知れない。何の違和感もなく。

　とにかく、問題はどこまでも180円という値段にある。安いことはよいことのはず、であるのだが……。

　１杯180円のラーメンを食べた多くの人びとは、一種のむなしさを感じたのではあるまいか。

　自分は180円のラーメンを食っている。不味くはないと思って食っている。180円のラーメンをだ。

　周りのみんなも食べている。周りのみんなも不味くはないと思って食べている（ように見える）。

　これで良いのか？180円のラーメンを食って満足していていいのか？また来ようなどとと思っていていいのか？

　――私は満足だ。むしろもっと安くなって欲しい。マックを見習ってラーメン１杯59円を実現して欲しいくらいだ。そしてそのラーメン屋に毎日通ってやる。１杯59円なら、３食食べても200円でお釣りが来るんだから。180円のラーメンを食って心が貧しくなるなんて言うヤツはホテルニューオータニでも行ってフルコースでも食ってろ！このブルジョワかぶれが！

　……とは、どーしても言い切れないのだ。以前、「美容雑談」でも言ったように、人は相応のお金を払うという行為によって一定の満足を得てしまうモノのように思われるのだ。例えば、１万円のラーメンはこの世におそらくないだろうが、１万円のステーキを某有名店で食ったことにしよう。そのステーキが不味いか旨いかは問題ではない。そりゃなるべくなら旨い方が良いに決まっているが、たかが夜メシに福沢諭吉を一枚出してしまう自分に満足しちゃうのである。それが「グルメ」というやつなのではなかろうか。

　そうした習性の対象が食べ物以外のモノならば「ブランド」になるのだろうし、学問の場合だったら読みもしない高い本を買って、その「買う」という行為に満足してアタマが良くなった気分になる「インテリ」なのだろう。当然これはキタジマ自身のことを言っているわけだが。

　かといって、「グルメ」や「ブランド」や「インテリ」を一概にけなすのも心が貧しい。腹を満たすことだけには終わらない「グルメ」をはじめとして、「ブランド」も「インテリ」も本能的な、動物的な欲求とは極めて遠いところにあるものに価値を見出している。こういうことをするのは人間だけなのである。まあそう考えればグルメっちゅうのは人間らしい行動様式なのかも、とか思ったりもするわけなのだ。

　話がだいぶそれてしまったので、180円のラーメンについて再び考えてみる。自分からすすんで安いラーメン屋に行って180円のラーメンを食ったのに、その安さにかえって自分がみすぼらしく感じてしまうような気になってしまうのも、高い金を払うという行為それ自体に価値を置き、満足の指標にしてしまっている人間にとしては当然なわけだ。１万円のステーキも180円のラーメンも「食える」という点では何ら変りがないのに、である。

　相当貧しい種類の生活をしている私がこういうことを言うのであるから、資本主義社会に生きる人びとの多くに当てはまることなのではないか、と考えてしまうわけである。

　この件については、もう少し考えてみたい。